改正建設業法を受けた調査の拡充とは
国土交通省は、建設工事の取引実態や商慣行がどう変わったかを把握するため、受発注者を対象とした既存の調査を拡充する方針を示しました。今回の調査の拡充には、2025年12月に全面施行された改正建設業法を受け、労務費などを内訳明示した見積書の作成や、著しく低い労務費での契約の禁止といった新しいルールの定着状況を確かめる目的があります。
拡充の対象となるのは、社保調査、下請取引等実態調査、入契調査の3つです。これらに加え、台帳などの確認を中心とする新しい実態調査が実施されます。
※以下、参考:労務費に関する基準(中央建設業審議会)、新規調査によるフォローアップ(労務費の基準に関するワーキンググループ第13回配布資料)
建設業を対象とした既存調査の拡充内容
今回拡充される調査は、建設業許可業者を対象とする社保調査と下請取引等実態調査、公共発注者を対象とする入契調査の3つです。どの調査でも労務費の明示やコミットメント条項の浸透状況を確認しますが、回答する立場や聞かれる内容は異なります。まずは3つの調査の違いを表で整理します。| 調査名 | 回答する人 | 調査票の送付数 | 主に確認される内容 |
| 社保調査 | 建設業許可業者 | 約35,000者(無作為抽出) | 見積書での労務費・必要経費の明示、コミットメント条項の導入状況 |
| 下請取引等実態調査 | 建設業許可業者(元請・下請) | 約30,000者(無作為抽出) | 元請・下請間での労務費を明示した見積書のやり取り |
| 入契調査 | 中央省庁・特殊法人・地方自治体 | 1,927団体 | 労務費ダンピング調査の実施状況、コミットメント条項と同等の規定の導入状況 |
ここからは、それぞれの調査で何が確認されるのかを順に見ていきます。
【重要】調査が拡充された項目は、すでに最新版の建設業法令遵守ガイドラインで言及が強化されている内容でもあります。改めてガイドラインを確認し、見積り・契約や管理部門の業務の見直しを実施しましょう。
社保調査の内容
社保調査は、これまで社会保険の加入状況や法定福利費の支払い状況を確認するために毎年度行われてきた調査です。今回の拡充により名称が変わり、見積書の中身を重点的に確認する調査へと見直されます。主な変更点は次のとおりです。- 新しい名称:見積書における必要経費の内訳明示状況等に関する調査
- 調査対象:全国の建設業許可業者から無作為に抽出された約35,000者
- 調査対象時点:令和8年9月1日
- 2025年度の有効回答:6,051者
確認される5つの必要経費
社保調査では、改正建設業法で適正な施工に欠かせない経費とされた次の5つが、取引の中で適切に確保されているかが確認されます。- 労務費
- 法定福利費
- 安全衛生経費
- 建退共掛金
- 材料費
たとえば、労務費を内訳明示した見積書を提出したか、見積書に記載した労務費をどの程度受け取ることができたかといった点が問われます。発注する側の立場であれば、見積書を受け取ったか、記載された労務費をどの程度支払ったかを答えることになります。
労務費について新たに追加される項目
労務費については、さらに踏み込んだ確認が行われます。今回新たに加わる主な項目は次の3つです。| 追加される項目 | 確認される内容 |
| 歩掛を用いた労務費の明示 | 見積書の中で、作業量の目安となる歩掛とあわせて労務費を示しているか |
| 労務費の基準値の活用 | 価格交渉の場で、国が示した労務費の基準値を使っているか |
| コミットメント条項 | 条項を知っているか、実際の契約に取り入れているか |
コミットメント条項の条項Aと条項Bの違い
コミットメント条項とは、請負契約を結ぶ際に、受注者が発注者に対して適正な労務費や賃金を支払うことを約束する条項です。標準請負契約約款に、契約当事者が任意で選べる条項として新しく設けられました。コミットメント条項には、約束の範囲によって次の2種類があります。| 種類 | 約束の範囲 |
| 条項A | 注文者と受注者の間だけでなく、下請契約も含めて適正な労務費・賃金の支払いを約束する |
| 条項B | 注文者と受注者の間のみで適正な支払いを約束する |
下請取引等実態調査の内容
下請取引等実態調査は、元請と下請の間の取引を適正にすることを目的に、建設業法にもとづいて行われている調査です。対象は無作為に抽出された約30,000者の建設業許可業者で、2025年度は19,964者から回答がありました。元請と下請それぞれに確認される内容
この調査の特徴は、元請と下請の両方に取引の状況を聞く点にあります。今回の拡充では、この特徴を生かして、労務費の扱いを双方の立場から確認します。| 回答する立場 | 確認される内容 |
| 下請 | 労務費を明示した見積書を元請に提示しているか |
| 元請 | 下請から提示された見積書を適切に考慮して価格を決めているか |
回答内容によっては是正指導の対象に
回答結果から不適切な取引のおそれが確認された場合、国土交通省は是正指導を行います。単なるアンケートではなく、回答内容によっては指導につながる可能性がある点は押さえておきたいところです。入契調査の内容
入契調査は、入札契約適正化法にもとづき、公共工事の入札・契約手続きの実施状況を確認する調査です。建設業者ではなく、次のような公共発注者が対象で、計1,927団体に対して行われています。- 国の中央省庁
- 高速道路会社などの特殊法人
- 全国の地方自治体
公共発注者に確認される2つの項目
今回の拡充で新たに確認されるのは、次の2つの項目です。| 確認される項目 | 内容 |
| 労務費ダンピング調査の実施状況 | 入札金額の内訳書に記載された労務費が適正な水準かを、発注者が確かめているか |
| コミットメント条項の導入状況 | 公共工事標準請負契約約款に盛り込まれた条項と同等の規定を、実際の工事請負契約に取り入れているか |
公共工事では、入札の際に提出する入札金額の内訳書に、労務費などを明示することが義務付けられています。入契調査のねらいは、技能者の労務費確保に率先して取り組むべき立場にある公共発注者が、このしくみをきちんと運用しているかを把握することにあります。
建設業者を対象とする新しい実態調査の内容
建設業者の労務費確保に関する既存調査は、多くの事業者からアンケートで回答を集めるものです。アンケート方式の問題点は、事業者の主観にもとづく回答しか得られないことでした。そこで、実際の見積書や賃金台帳を確認する・個別の工事についてヒアリングを行うなど、客観的に実態をつかむための調査が新しく導入されます。今回の労務費確保状況の確認につき、新しく導入される調査の内容は、下の表のとおりです。
| 調査名 | 主な対象 | 確認する内容 |
| 適正労務費の取引への反映状況等に係る実態調査 | 鉄筋工事・型枠工事の専門工事業者 | 注文者に提出した最終見積書の労務費が、労務費の基準値とどの程度かい離しているか |
| 行き渡りの阻害要因に係る実態調査 | 民間建築(大規模)、民間建築(住宅)、公共土木の工事に関わる発注者・元請・下請 | 技能者に適正な労務費が行き渡らない原因が、契約や支払いのどの段階にあるか |
| CCUSレベル別年収の支払い状況に係る実態調査 | 左官工事・内装工事の専門工事業者 | 技能者に支払った賃金が、CCUSレベル別年収とどの程度かい離しているか |
いずれの調査も、職種や工事の種類を絞ったサンプル調査として始まり、調査の対象となる事業者は業界団体からの指名などで選ばれます。また、これらの新規調査は施策の検討に向けて課題を把握するためのもので、法令にもとづく取締りや指導を目的とするものではないともされます。
【参考】CCUSの登録方法・登録によって建設業者が得られるメリットは、こちらの記事で解説しています。
労務費確保に向けて建設業者が確認しておきたいポイント
今回の調査拡充で問われる項目は、改正建設業法のもとで建設業者に求められている取り組みそのものです。見積書や契約書を新しいルールに沿って整えておけば、調査への備えになるだけでなく、公共工事の入札や経営事項審査、補助金の申請といった場面でも自社の強みとして生かせます。ここでは、国土交通省が公表した新しい調査項目と、すでに呼びかけられている労務費確保策をもとに、建設業者が自主点検すべきポイントを解説します。
※以下、参考:労務費の基準の実効性確保策について(国土交通省)
見積書で労務費や必要経費を内訳明示できているか
建設業者がまず取り組みたいのは、労務費や必要経費を材料費と分けて記載した見積書を、日常の取引で使える状態にしておくことです。内訳を明示した見積書は、適正な労務費を確保するための根拠になり、価格交渉や入札でも自社の積算の妥当性を説明しやすくなります。改正建設業法第20条では、建設業者が請負契約を結ぶ際に、材料費や労務費、適正な施工に欠かせない経費などの内訳を明示した見積書を作成するよう努めることが定められました。一方で、見積書を受け取る注文者にも、その内容を考慮するよう努める義務が課されています。いずれも努力義務ですが、社保調査や下請取引等実態調査では、この見積書のやり取りが実際に行われているかが確認されます。
見積書を見直す際は、次の点を確認してみてください。
- 労務費が材料費などと分けて記載されているか
- 労務費を作業量の目安となる歩掛とあわせて示せているか
- 労務費の基準値と比べて極端に低い金額になっていないか
- 法定福利費や安全衛生経費、建退共掛金なども内訳に含めているか
内訳明示の取り組みは、公共工事を受注する会社にとって重要です。公共工事では、2025年12月から入札金額の内訳書に労務費などの必要経費を記載することが義務付けられました。
また、法定福利費や建退共掛金をきちんと見積もって確保することは、社会保険への加入や建設業退職金共済制度の利用を続けるための原資になります。これらは経営事項審査でも評価の対象となる項目です。必要経費を見積書で確保することが、結果として会社の評価を支えることにもつながります。
契約書にコミットメント条項を入れるか検討できているか
建設業者としては、自社の立場に合わせてコミットメント条項を導入するかどうかを、一度社内で検討しておくとよいでしょう。条項を入れることで、技能者に適正な賃金を支払う会社であることを取引先に示しやすくなります。コミットメント条項は、標準請負契約約款で契約当事者が任意に選べる条項として設けられたもので、契約書に入れることは義務ではありません。ただし、社保調査では条項Aと条項Bそれぞれの認知・導入状況が確認されます。調査の項目に入っていることからも、国土交通省がこの条項の普及を後押ししていることがうかがえます。
導入を検討する際は、自社がどの立場で契約を結ぶかによって考え方が変わります。
| 自社の立場 | 検討のポイント |
| 元請として発注者と契約する会社 | 下請契約まで含めて適正な支払いを約束する条項Aを採用するか。採用する場合は、下請業者への支払いまで含めた管理体制を整える |
| 下請として元請と契約する会社 | 元請から条項の導入を求められた際に、技能者へ適正な賃金を支払える状態にあるかを確認しておく |
公共工事標準請負契約約款では、コミットメント条項が盛り込まれており、入契調査では公共発注者がこれと同等の規定を契約に取り入れているかが確認されます。今後、公共工事で同様の条項を求められる場面が増えることも考えられるため、早めに内容を理解しておくと対応がスムーズです。
また、技能者に適正な賃金を支払うことを約束する取り組みは、賃上げを要件や加点項目としている補助金とも方向性が重なります。労務費を見積書で確保し、その賃金を技能者にきちんと届ける仕組みを整えておけば、賃上げの原資を確保しやすくなり、こうした制度への申請も検討しやすくなります。
調査対象となったときの具体的な準備ができているか
調査に備えて建設業者がやっておきたいのは、見積書や契約書、価格交渉の記録を、いつでも説明できる形で保存しておくことです。記録が整っていれば、調査票にも正確に回答でき、取引先や行政から説明を求められた際にも自社の取り組みをきちんと伝えられます。社保調査や下請取引等実態調査は、建設業許可業者の中から無作為に抽出された会社に調査票が送られます。どの会社が対象になるかは事前に分からないため、許可を持つ会社であればどこでも回答を求められる可能性があります。特に下請取引等実態調査では、回答内容から不適切な取引のおそれが確認されると、国土交通省による是正指導につながる場合があります。
労務費に関する基準では、最初に提出した当初見積書と、契約内容を示す最終見積書を、契約書と同じく工事の目的物の引渡しから10年間保存することとされています。保存しておきたい主な書類は次のとおりです。
- 当初見積書と最終見積書
- 請負契約書(請書)
- 価格交渉の経緯が分かる打合せ記録
こうした記録は、調査への回答だけでなく、建設業許可の更新や経営事項審査の手続きで工事の実績を整理する際にも役立ちます。適正な労務費で取引していることを書類で示せる状態にしておけば、調査はむしろ自社の取り組みを確認する機会になるでしょう。
まとめ
国土交通省は、改正建設業法で始まった新しい取引ルールが現場に定着しているかを確かめるため、社保調査、下請取引等実態調査、入契調査の3つを拡充します。あわせて、見積書や賃金台帳を確認する新しい実態調査も始まります。調査で問われる内容は、建設業者に求められている取り組みそのものです。労務費を内訳明示した見積書を使い、コミットメント条項の導入を検討し、見積書や契約書を保存しておけば、調査への備えになります。さらに、公共工事の入札や経営事項審査、賃上げに関わる補助金の申請といった場面でも、自社の取り組みを示す材料として生かせます。