事業譲渡・M&Aで許認可は引き継げる?まず押さえたい原則
事業承継・M&Aでの許認可の扱いは「誰が事業を営む法人になるか」で決まります。ここでは業種ごとの細かな違いに入る前に、すべての業種に共通する基本的な考え方を整理します。許認可は原則として事業と一緒には移らない
事業譲渡では、許認可は原則として買い手に引き継がれません。許認可は、行政庁が設備や財産、役員の経歴などを審査したうえで、特定の個人や法人に対して与えるものだからです。事業譲渡は、工場や店舗、取引先との契約、従業員といった事業の構成要素を、売り手の会社から買い手の会社へ一つずつ移す取引です。売り手の法人そのものは残るため、その法人が受けた許可は移転の対象に含まれません。買い手は、自社が要件を満たしていることを改めて行政庁に示す必要があります。
なお、後述するように、建設業や運送業などの一部の業種では、法改正により事業譲渡でも許可を引き継げるしくみが設けられています。あくまで「原則は取り直し、例外は業法で定められた承継手続き」と押さえておくとよいでしょう。
株式譲渡なら許可は残るが変更届が必要になる
株式譲渡では、許認可は原則としてそのまま会社に残ります。株式譲渡で変わるのは株主だけで、許可を受けた法人そのものは存続するからです。許認可を多く抱える中小企業のM&Aで株式譲渡が選ばれやすいのは、この点が大きな理由です。ただし、何の手続きも不要というわけではありません。M&Aでは株主の交代とあわせて代表者や役員が入れ替わることが多く、その場合は業法に基づく変更届の提出が必要になります。
さらに注意したいのは、許可要件を担っていた人が退任するケースです。オーナー社長が経営業務の管理責任者を兼ねていて、譲渡と同時に引退すると、会社が許可要件を満たさなくなるおそれがあります。株式譲渡は手続き面では簡便ですが、人の要件まで含めて確認しておく必要があります。
許認可の扱いは組織変更のスキームごとに異なる
M&Aの手法には、株式譲渡や事業譲渡のほかに、合併や会社分割もあります。許認可の扱いは手法ごとに異なり、とくに合併と会社分割は「権利義務をまとめて引き継ぐ手法だから許可も移る」とは限りません。許認可については各業法の規定が優先されるため、届出だけで承継できるもの、事前の認可が必要なもの、承継のしくみ自体がないものに分かれます。主な4つの手法について、許認可の扱いを比べると次のとおりです。
| 手法 | 事業を営む法人 | 許認可の扱い | 主な手続き |
| 株式譲渡 | 変わらない | 原則としてそのまま維持 | 役員・代表者などの変更届 |
| 事業譲渡 | 買い手の法人に替わる | 原則として引き継げない(業法に承継規定があれば承継可) | 新規取得、または事前の認可・承認、事後の届出 |
| 合併 | 存続会社に一本化される | 業法によって異なる | 事前の認可、届出、新規取得のいずれか |
| 会社分割 | 事業を受け継ぐ会社に替わる | 業法によって異なる | 事前の認可、届出、新規取得のいずれか |
このように、同じ業種でも選ぶ手法によって必要な手続きや期間が大きく変わります。許認可の扱いは、譲渡価格や税金と同じように、スキームを決める段階から検討しておきたい項目です。
【業種別一覧】事業譲渡で許認可を引き継げる業種・取り直しが必要な業種
事業譲渡では許認可を原則として引き継げませんが、業種によっては法律に承継のしくみが用意されています。2020年以降は建設業や旅館業、飲食店などで法改正が相次ぎ、「事業譲渡なら必ず取り直し」という説明は当てはまらなくなりました。ここでは主な業種を、承継の方法ごとに整理します。※以下、参考:建設業法(e-Gov法令検索)、貨物自動車運送事業法(e-Gov法令検索)、事業譲渡に関する手続の整備(厚生労働省)、食品衛生法(e-Gov法令検索)、中小企業等経営強化法(e-Gov法令検索)、中小企業等経営強化法施行令(e-Gov法令検索)
一目で分かる業種別の承継方法(一覧表)
事業譲渡における許認可の扱いは、大きく「事前の認可・承認で承継できる」「事後の届出で承継できる」「承継できず新規取得が必要」の3つに分かれます。主な業種を一覧にすると次のとおりです。| 業種(許認可) | 事業譲渡での扱い | 手続きのタイミング | 根拠法 |
| 建設業(建設業許可) | 承継できる(認可) | 譲渡前 | 建設業法第17条の2 |
| 一般貨物自動車運送事業(トラック) | 承継できる(認可) | 譲渡前 | 貨物自動車運送事業法第30条 |
| 一般旅客自動車運送事業(バス・タクシー) | 承継できる(認可) | 譲渡前 | 道路運送法第36条 |
| 旅館業(ホテル・旅館など) | 承継できる(承認) | 譲渡前 | 旅館業法第3条の2 |
| 飲食店など食品衛生法上の営業 | 承継できる(届出) | 譲渡後 | 食品衛生法第56条 |
| 理容所・美容所・クリーニング所・興行場・公衆浴場 | 承継できる(届出) | 譲渡後 | 各業法 |
| 宅地建物取引業 | 承継できない | 買い手が免許を取得 | 宅地建物取引業法 |
| 産業廃棄物収集運搬業・処分業 | 承継できない | 買い手が許可を取得 | 廃棄物処理法 |
| 労働者派遣事業 | 承継できない | 買い手が許可を取得 | 労働者派遣法 |
| 古物商 | 承継できない | 買い手が許可を取得 | 古物営業法 |
| 介護保険の事業所指定 | 承継できない(新規指定) | 譲渡日に合わせて申請 | 介護保険法 |
この表はあくまで一般的な整理です。実際の取り扱いは許可行政庁や自治体によって異なる場合があるため、最終的には所管の窓口で確認する必要があります。
事前の認可・承認で引き継げる業種
建設業・運送業・旅館業の3つは、譲渡の前に行政庁の認可や承認を受けることで、買い手が許可の地位を引き継げます。いずれも手続きが譲渡日までに終わっていなければ承継できない点が共通しています。建設業:2020年10月から事前認可で承継可能に
建設業では、2020年10月施行の建設業法改正により、事業譲渡・合併・会社分割の場合でも、あらかじめ認可を受ければ買い手が建設業者としての地位を承継できるようになりました。改正前は、売り手が廃業届を出し、買い手が新規に許可を取り直す必要があったため、その間は工事を請け負えない状態が生じていました。承継が認められるのは、建設業者としての地位の全部を引き継ぐ場合に限られます。また、経営業務の管理責任者や営業所技術者、財産的基礎といった許可要件は、承継の時点で買い手側が満たしていなければなりません。承継後の許可の有効期間は、承継日の翌日から5年間です。
運送業:認可がなければ譲渡の効力そのものが生じない
トラックによる一般貨物自動車運送事業では、事業の譲渡・譲受けに国土交通大臣の認可が必要です。認可を受けないまま行った事業譲渡は、効力そのものが生じません。認可を受けて事業を譲り受けた買い手は、許可に基づく権利義務を承継します。バスやタクシーなどの一般旅客自動車運送事業も、道路運送法で同様のしくみが定められています。旅館業:2023年12月から知事等の事前承認で承継可能に
ホテルや旅館の営業許可は、2023年12月13日施行の旅館業法改正により、事業譲渡でも承継できるようになりました。売り手と買い手がそろって都道府県知事など(保健所設置市・特別区では市長・区長)の承認を受ければ、買い手が営業者の地位を引き継げます。承認は譲渡の前に得ておく必要がある点に注意してください。事後の届出で引き継げる業種
飲食店や理美容室など、生活に身近な営業の多くは、譲渡後の届出だけで許可を引き継げます。これらも旅館業と同じく、2023年12月の法改正で整備されたしくみです。飲食店など食品衛生法上の営業許可
飲食店営業や菓子製造業などの営業許可は、営業の譲渡があったときに、買い手が許可営業者の地位を承継します。承継した買い手は、遅滞なく都道府県知事など(保健所)へ届け出なければなりません。届出には、事業譲渡契約書の写しなど譲渡を証する書類を添付します。ただし、営業施設の一部分だけを譲る場合や、改装によって施設の構造が大きく変わる場合は、届出による承継の対象外となり、新規の許可申請が必要になることがあります。
理容所・美容所・クリーニング所・公衆浴場など
理容所・美容所、クリーニング所、興行場、公衆浴場も、同じ改正によって事業譲渡の届出で営業者の地位を承継できる対象に加わりました。届出は施設ごとに行うため、複数の店舗をまとめて譲り受ける場合は、それぞれの所管保健所に届け出る必要があります。承継のしくみがなく新規取得が必要な業種
業法に承継の規定がない許認可は、買い手が自ら新規に取得するしかありません。審査期間中は営業できないため、事業譲渡を選ぶ場合は取得までの期間を見込んで計画を立てる必要があります。宅建業・産業廃棄物処理業・労働者派遣事業・古物商
宅地建物取引業の免許には承継のしくみがなく、買い手が新たに免許を取得する必要があります。合併の場合でも、消滅する会社の免許はその時点で効力を失います。産業廃棄物の収集運搬業・処分業、労働者派遣事業、古物商の許可についても同様に承継の規定がなく、買い手側での新規取得が前提です。もっとも、買い手がすでに同じ種類の許可を持つ同業者であれば、新規取得ではなく、営業所の追加などの変更手続きで足りる場合もあります。
介護保険の事業所指定
介護保険の事業所指定は、事業所を運営する法人ごとに受けるものです。事業譲渡で運営法人が替わる場合は、売り手が廃止届を、買い手が新規の指定申請を行う必要があります。利用者へのサービスが途切れないよう、新しい指定日を譲渡日に合わせる調整が欠かせません。経営力向上計画による許認可承継の特例と対象範囲(政令の6種類のみ)
業法とは別に、中小企業等経営強化法にも許認可を引き継ぐ特例があります。経営力向上計画に事業承継と許認可の承継を記載して国の認定を受け、その計画に沿って事業譲渡などを行えば、業法の規定にかかわらず許認可の地位を承継できるしくみです。ただし、この特例の対象となる許認可は、政令で定められた次の6種類に限られます。
- 旅館業の許可(旅館業法)
- 建設業の許可(建設業法)
- 火薬類の製造・販売営業の許可(火薬類取締法)
- 一般旅客自動車運送事業の許可(道路運送法)
- 一般ガス導管事業の許可(ガス事業法)
- 一般貨物自動車運送事業の許可(貨物自動車運送事業法)
インターネット上には、宅建業や警備業、調剤薬局などにもこの特例を使えるとする説明が見られますが、政令の一覧には含まれていません。また、建設業・旅館業・運送業はすでに業法そのものに承継の手続きが整備されているため、実務では業法上の手続きを基本とし、税制や金融の支援もあわせて受けたい場合に経営力向上計画を検討するのが一般的です。
許認可の面から考えるM&Aスキームの選び方
M&Aの手法は、譲渡価格や税金の負担だけで決めてしまいがちです。しかし、許認可を必要とする業種では、手法の選び方ひとつで買い手が営業を始められる時期が大きく変わります。ここでは、許認可の観点からスキームを選ぶときの考え方を整理します。許可が事業の生命線なら株式譲渡が基本
建設業や運送業、産業廃棄物処理業のように、許可がなければ1日も営業できない業種では、株式譲渡が基本的な選択肢になります。法人格がそのまま残るため、許可を取り直す期間が生じず、事業を途切れさせずに引き継げるからです。株式譲渡で会社に残るのは、許可だけではありません。建設業であれば、公共工事の入札に必要な経営事項審査の結果や入札参加資格、取引先への業者登録なども、会社に付いたまま引き継がれます。買い手にとっては事業の連続性を評価しやすく、売り手にとっても価格交渉で有利に働きやすい点が特徴です。
一方で、株式譲渡では会社の過去の債務や労務トラブル、行政処分の履歴などもすべて買い手が引き継ぐことになります。買い手は、許認可を維持できるメリットと、こうしたリスクを引き受けることのバランスを見極める必要があります。
社長が経営業務管理責任者・専任技術者を兼ねている場合の落とし穴
株式譲渡であっても、許可要件を担う人が会社を去れば、許可そのものが維持できなくなります。中小の建設会社では、オーナー社長が経営業務の管理責任者(常勤役員等)と営業所技術者(2024年12月に専任技術者から名称変更)を一人で兼ねている例が少なくありません。この状態で社長がクロージングと同時に引退すると、その日から会社は許可要件を満たさなくなります。建設業法では、要件を欠いた状態が続けば許可の取消しの対象となるため、せっかく株式譲渡で許可を残しても、事業を続けられなくなるおそれがあります。
こうした事態を避けるには、社長が一定期間、常勤の役員として会社に残る引き継ぎ期間を設けることが現実的です。その間に、買い手から経営経験のある役員を迎えたり、社内の有資格者を営業所技術者に登用したりして、要件を担える人を確保してから退任する段取りを組みます。売り手の社長は、自分がどの許可要件を担っているかを早い段階で洗い出しておくとよいでしょう。
事業譲渡・会社分割を選ぶ場面と許認可上の制約
それでも事業譲渡が選ばれるのは、買い手が会社の簿外債務や過去のリスクを引き継ぎたくない場合や、複数ある事業のうち一部だけを譲る場合です。前章で見たように、許認可を承継できる業種であれば、事業譲渡も現実的な選択肢になります。反対に、宅建業や産業廃棄物処理業など新規取得が必要な業種で事業譲渡を選ぶと、買い手が許可を得るまで営業できない空白期間が生じやすくなります。この期間の売上の損失を売り手と買い手のどちらが負担するかは、価格交渉の争点になりがちです。
会社分割は、事業譲渡と株式譲渡の中間的な選択肢です。売り手側で新しい会社を設立して対象事業を移し、許認可を整えてからその会社の株式を譲渡すれば、クロージングの時点で許可がそろった状態を作れます。ただし、会社分割でも許認可の扱いは業法によって異なるため、新しい会社で許可の取得や承継の認可が必要になる点は事業譲渡と変わりません。手続きに時間がかかる分、早めに計画しておく必要があります。
空白期間を作らない!許認可承継の手続きとスケジュール
許認可の承継でつまずく原因の多くは、手続きそのものの難しさよりも、着手の遅れにあります。行政庁の審査には数か月かかることもあり、M&Aの工程に組み込んでおかなければクロージングに間に合いません。ここでは、空白期間を作らないための手続きの流れを5つのステップで解説します。ステップ1:基本合意前に許認可を棚卸しする(チェックリスト)
売り手の経営者が最初に取り組みたいのが、自社が持つ許認可の棚卸しです。どの許可が承継でき、どの許可が新規取得になるのかによって、スキームやスケジュールが変わるためです。基本合意の前に次の項目を整理しておくと、買い手との交渉が止まりにくくなります。- 許認可の名称・許可番号・有効期限・許可行政庁(営業所や施設ごとに洗い出す)
- 許可要件を担っている人(経営業務の管理責任者、営業所技術者、運行管理者、宅地建物取引士、食品衛生責任者など)と、その人が譲渡後も残るかどうか
- 営業所・車庫・施設の使用権限(自社所有か賃借か、賃貸借契約を買い手に移せるか)
- 有効期限や更新時期がクロージングの前後に重ならないか
- 過去の行政処分や指導の有無と、是正が済んでいるか
- 業種ごとに、事前認可・届出・新規取得のどれに当たるか
買い手も、デューデリジェンス(買収監査)の中で同じ項目を確認します。売り手が先回りして資料をそろえておけば、指摘を受けてから慌てる事態を避けられます。
ステップ2:許可行政庁へ事前相談し、申請期限と審査期間を確認する
棚卸しが済んだら、基本合意の直後を目安に許可行政庁へ事前相談に行きます。申請期限や審査期間は業種や行政庁ごとに異なり、法令だけでは分からない運用上の取り扱いも少なくないためです。建設業の承継認可を例にとると、国土交通大臣許可では承継予定日の90日前までの申請が求められ、標準処理期間も90日とされています。都道府県知事許可では、千葉県が承継の60日前まで、大阪府が少なくとも1か月前までとするなど、自治体によって期限が異なります。運送業では、事業の譲渡譲受の認可の標準処理期間が1〜3か月であるのに対し、新規許可は3〜5か月と、手続きの種類によって大きな差があります。
事前相談では、申請期限と審査期間に加えて、必要書類や添付資料の範囲も確認しておきます。本社と営業所の所在地で管轄が異なる場合は、それぞれの窓口と調整する必要があります。
ステップ3:人員・営業所・車庫などの要件を譲受側でそろえる
承継の認可や新規取得の審査では、買い手側が許可要件を満たしているかが確認されます。そのため、デューデリジェンスと並行して、要件を満たすための準備を進めます。人の要件では、有資格者の転籍や役員の就任を、申請時点までに確定させておく必要があります。物の要件では、営業所や車庫、施設の賃貸借契約を買い手名義に切り替えるか、新たに使用権限を確保しなければなりません。賃貸借契約の名義変更には貸主の承諾が必要になることが多いため、早めに相談しておくと手続きが滞りません。
ステップ4:最終契約に許認可を前提とした条項を盛り込む
許認可の承継が確実でないまま契約を結ぶ場合は、最終契約書にリスクを手当てする条項を入れておきます。代表的なものは次の3つです。1つ目は、許認可の取得や承継の認可をクロージングの前提条件とし、期限までに得られなければ契約を解除できる条項です。2つ目は、申請書類の作成や行政庁への説明に売り手が協力する義務を定める条項です。3つ目は、許認可に関する違反や行政処分がないことを売り手が保証する表明保証の条項です。
あわせて、事業譲渡の効力発生日を認可の取得日以降に設定しておくことも欠かせません。運送業のように認可が効力の要件となる業種では、認可より先に車両や運行管理を移してしまうと、無許可営業とみなされるおそれがあります。認可が下りるまでは、売り手が自社の事業として営業を続ける形が基本です。
ステップ5:クロージング後の届出と売り手側の廃業届
クロージングの後にも、買い手と売り手それぞれに手続きが残ります。買い手は、飲食店や理美容室など届出で承継できる業種について、承継の届出を遅滞なく提出します。株式譲渡で役員や代表者が替わった場合は、各業法に基づく変更届も必要です。
売り手は、承継の規定がない許可について廃業届を提出します。事業譲渡後も会社を残して別の事業を続けるのか、会社を清算するのかによって必要な届出が変わるため、譲渡後の会社の方針とあわせて整理しておきます。届出を忘れると、許可が残ったままになり、後の更新や新たな申請で不利益を受けることもあるため注意してください。
事業譲渡・M&Aで活用できる補助金
M&Aでは、仲介会社への手数料やデューデリジェンスの費用、譲渡後の設備投資など、まとまった出費が発生します。こうした負担を軽くするために国が用意しているのが「事業承継・M&A補助金」です。ここでは、補助金の概要と主な申請枠、申請の流れを紹介します。事業承継・M&A補助金とは
事業承継・M&A補助金は、中小企業庁が実施する補助金で、事業承継やM&Aによる経営資源の引き継ぎを後押しすることを目的としています。親族や従業員への承継に向けた設備投資、M&Aの際の専門家費用、M&A後の経営統合(PMI)にかかる費用、事業承継に伴う廃業の費用などが補助の対象です。申請枠は、取り組みの内容に応じて次の4つに分かれています。
| 申請枠 | 主な対象者 | 主な補助対象 |
| 事業承継促進枠 | 5年以内に親族内承継・従業員承継を予定している事業者 | 設備投資費用、店舗・事務所の改築工事費用など |
| 専門家活用枠 | M&Aで経営資源を譲り渡す、または譲り受ける事業者 | M&A支援機関への委託費用、デューデリジェンス費用など |
| PMI推進枠 | M&Aで経営資源を譲り受けた(予定の)事業者 | PMIの専門家費用、統合に伴う設備投資費用など |
| 廃業・再チャレンジ枠 | 事業承継・M&Aに伴い既存事業を廃業する事業者 | 廃業支援費、在庫廃棄費、解体費など |
公募はおおむね年に数回行われており、2026年10月時点では16次公募が実施されています。補助率や上限額、申請要件は公募回ごとに見直されるため、申請前には必ず最新の公募要領を確認してください。
専門家活用枠:仲介手数料やデューデリジェンス費用を補助
事業譲渡・M&Aの当事者にとって最も関わりが深いのが、専門家活用枠です。M&Aの仲介会社やファイナンシャルアドバイザーへの手数料、デューデリジェンスの費用など、M&Aを進めるうえで専門家に支払う費用が補助の対象となります。専門家活用枠は、経営資源を譲り受ける側の「買い手支援類型」と、譲り渡す側の「売り手支援類型」に分かれており、売り手・買い手のどちらも申請できます。補助上限額は原則600万円から800万円で、一定の要件を満たす買い手には最大2,000万円まで補助されるしくみも設けられています。補助率は類型や事業者の規模によって異なります。
注意したいのは、補助の対象となる仲介手数料などは、国の「M&A支援機関登録制度」に登録された支援機関に支払ったものに限られる点です。依頼を検討している仲介会社が登録を受けているかどうかは、契約前に確認しておく必要があります。
PMI推進枠・事業承継促進枠など、その他の申請枠
PMI推進枠は、M&Aで事業を譲り受けた買い手が、譲り受けた事業を自社に統合していく取り組みを支援する枠です。統合計画の策定などを専門家に依頼する「PMI専門家活用類型」は最大150万円、統合に伴う設備投資を行う「事業統合投資類型」は最大800万円から1,000万円が補助されます。たとえば、譲り受けた店舗の設備更新や、システムの統合などに活用できます。事業承継促進枠は、親族や従業員への承継を予定している事業者向けの枠で、補助上限額は800万円から1,000万円です。第三者への事業譲渡とは対象が異なりますが、親族内承継とM&Aを比較検討している段階の経営者は、あわせて知っておくとよいでしょう。
廃業・再チャレンジ枠は、事業譲渡に伴って既存事業の一部を廃業する際の費用を補助する枠で、補助上限額は150万円です。ほかの3つの枠と併用して申請できます。
補助金の申請から交付までの流れと注意点
事業承継・M&A補助金の申請は、電子申請システム「Jグランツ」でのみ受け付けています。申請には「GビズIDプライム」のアカウントが必要で、取得までに2〜3週間程度かかるため、公募が始まる前に準備しておくと安心です。申請から交付までの大まかな流れは次のとおりです。
- GビズIDプライムのアカウントを取得する
- 公募要領を確認し、申請書類を作成してJグランツで申請する
- 審査を経て交付決定を受ける
- 交付決定後に、専門家への依頼や設備投資などの補助事業を実施する
- 事業完了後に実績報告を行い、確定した補助金額が支払われる
申請にあたって最も注意したいのは、原則として交付決定より前に契約・発注した経費は補助の対象にならない点です。M&Aの進行を優先して先に仲介契約を結んでしまうと、補助を受けられなくなるおそれがあります。M&Aのスケジュールと公募のスケジュールを照らし合わせ、契約のタイミングを調整しておくことが欠かせません。
また、補助金は後払いのため、専門家への報酬や設備投資の費用はいったん全額を自社で支払う必要があります。資金繰りの計画にも、この点を織り込んでおくとよいでしょう。
※参考:「事業承継・M&A補助金」(十五次公募)の公募要領を公表します(中小企業庁)、「事業承継・M&A補助金」(16次公募)10月2日受付開始(J-Net21)
補助金で購入した設備を譲渡するときの注意点
過去にものづくり補助金や事業再構築補助金などを使って設備を購入している場合、その設備を事業譲渡で買い手に移すときには特別な手続きが必要です。この点を見落とすと、譲渡後に補助金の返還を求められるおそれがあります。ここでは、売り手と買い手の双方が押さえておきたい注意点を解説します。補助金で取得した財産は自由に処分できない(処分制限期間)
国の補助金で購入した機械や設備、建物などは、一定の期間、所有者であっても自由に処分できません。補助金は特定の事業に使うことを条件に交付されたお金であり、その成果物を勝手に売却したり転用したりすることは、補助金の目的に反するからです。このルールは「補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律」(補助金適正化法)第22条に定められています。処分が制限される期間(処分制限期間)は、原則として財産の種類ごとの法定耐用年数に応じて決まります。対象となるのは、多くの補助金で取得価格が単価50万円以上の財産とされています。たとえば耐用年数が10年の機械であれば、購入から10年間は処分が制限されると考えておくとよいでしょう。
事業譲渡の前に「財産処分承認申請」が必要
処分制限期間中の財産を事業譲渡で買い手に移す場合、売り手は事前に補助金の事務局などへ「財産処分承認申請」を行い、承認を受けなければなりません。ここでいう処分には、売却や譲渡だけでなく、目的外での使用、貸付け、担保への提供、廃棄なども含まれます。承認を受けると、原則として財産の残存簿価などに応じた額、または補助金の交付額を上限とする額を国に納付することになります。納付額の算定方法や、事業承継に伴う譲渡の場合の取り扱いは補助金ごとに異なるため、各補助金の交付規程や事務局の案内で確認する必要があります。承認までには一定の期間がかかるため、事業譲渡の契約前に手続きを始めておくと安心です。
無断で譲渡した場合の補助金返還リスク
承認を受けずに財産を処分した場合、補助金の交付決定が取り消され、交付を受けた補助金の返還を求められることがあります。補助金適正化法では、返還を命じられた場合、受け取った日からの期間に応じて年10.95%の加算金も納付しなければならないと定められています。設備の購入から年数がたっていると、補助金を受けたこと自体を忘れていたり、処分制限があることを知らなかったりするケースは珍しくありません。売り手の経営者は、許認可の棚卸しとあわせて、過去に受けた補助金とその補助金で取得した財産の一覧も整理しておきましょう。
買い手側が確認しておきたい補助金の受給履歴
買い手にとっても、売り手の補助金の受給履歴は無視できない確認事項です。事業譲渡で処分制限期間中の設備を譲り受ける場合、売り手が承認手続きを済ませていなければ、後になって設備の扱いをめぐるトラブルに発展するおそれがあります。株式譲渡の場合は、補助金を受けた会社そのものを引き継ぐため、補助金に伴う義務も会社に残ります。処分制限だけでなく、事業化状況報告や賃上げ要件など、補助金ごとに定められた交付後の義務を会社が守り続けられるかも確認が必要です。デューデリジェンスの際には、過去5年から10年程度の補助金の受給状況、取得財産の一覧、交付後の報告義務の履行状況について資料の提出を求めるとよいでしょう。
※参考:補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(e-Gov法令検索)、減価償却資産の耐用年数等に関する省令(e-Gov法令検索)
事業譲渡・M&Aに関するよくある質問
ここでは、事業譲渡やM&Aを進める中で、許認可と補助金について経営者から寄せられることの多い質問に答えます。Q. 事業の一部だけを譲る場合も許認可は引き継げますか?
A. 業種によって扱いが異なります。建設業の承継認可は建設業者としての地位の全部を引き継ぐことが条件のため、一部の業種だけを切り出して承継することはできません。この場合は、承継しない業種について事前に一部廃業の手続きを行う必要があります。飲食店も、営業施設の一部分だけを譲る場合は届出による承継の対象外です。譲る範囲を決める前に、所管の窓口へ相談しておくと手戻りを防げます。Q. 許可の有効期限がクロージング直前に切れそうな場合はどうすればよいですか?
A. 承継の審査中に許可の有効期限が切れると、承継の前提そのものが崩れてしまいます。期限が近い場合は、先に更新申請を済ませるか、承継日を前倒しするかを窓口と相談して決めます。自治体によっては、承継予定日を有効期限の満了日から一定期間前に設定するよう求めている場合もあるため、棚卸しの段階で有効期限を一覧にしておくとよいでしょう。Q. 許可が下りるまで売り手の名義で営業を続けてもよいですか?
A. 事業譲渡の効力が生じる前であれば、売り手が自社の事業として営業を続けることに問題はありません。一方、効力が生じた後に売り手の許可を使って買い手が営業すると、名義貸しとみなされるおそれがあります。宅建業法をはじめ多くの業法が名義貸しを禁じており、違反すれば罰則や許可の取消しの対象となるため注意してください。Q. 許認可の申請費用は売り手と買い手のどちらが負担しますか?
A. 新たに事業を営む買い手が負担するのが一般的です。ただし、建設業や旅館業の承継のように売り手と買い手がそろって申請する手続きでは、売り手側にも書類の準備や専門家への依頼が発生します。費用の負担割合や協力の範囲は、最終契約書で取り決めておくと後のトラブルを避けられます。Q. 事業承継・M&A補助金は売り手・買い手のどちらが申請できますか?
A. 専門家活用枠は、売り手・買い手のどちらも申請できます。売り手と買い手がそれぞれ自社の支払う専門家費用について別々に申請することも可能です。一方、PMI推進枠は事業を譲り受けた買い手が対象であり、申請枠によって対象者が異なります。自社がどの枠に当てはまるかは、最新の公募要領で確認してください。まとめ
事業譲渡・M&Aにおける許認可の扱いは、どの手法を選ぶかと、どの業種の許可かによって決まります。株式譲渡では許可が原則として会社に残る一方、事業譲渡では原則として取り直しになります。ただし、建設業・運送業・旅館業は事前の認可や承認で、飲食店や理美容室などは事後の届出で承継できます。空白期間を作らないためには、基本合意の前に許認可を棚卸しし、早めに許可行政庁へ相談することが出発点になります。あわせて、オーナー社長が担っている許可要件の引き継ぎや、許認可を前提とした契約条項の整備も欠かせません。補助金についても、M&A費用に使える事業承継・M&A補助金の活用と、補助金で購入した設備の財産処分承認の両方を確認しておく必要があります。