カスハラ防止義務化で何が変わったのか
2026年10月1日から、カスタマーハラスメント(カスハラ)への対策がすべての事業主の義務となりました。根拠は2025年6月に公布された改正労働施策総合推進法と、厚生労働省が定めた指針です。この章では、義務化によって何が変わったのか、どの企業が対象になるのかを整理します。※以下、参考:令和8年10月1日からハラスメント対策が強化されます(厚生労働省)
これまでの努力義務から措置義務へ格上げされた
今回の改正で最も大きな変化は、カスハラ対策が企業の「やったほうがよいこと」から「やらなければならないこと」に変わった点です。これまで、カスハラへの対応は法律上の義務ではありませんでした。2020年に施行されたパワハラ防止の指針の中で、顧客等からの著しい迷惑行為への対応は「望ましい取組」として紹介されるにとどまっていたのです。そのため、対策を講じるかどうかは各企業の判断に委ねられていました。
改正後は、カスハラ対策が「雇用管理上の措置義務」として法律に明記されています。措置義務とは、法律や指針で定められた対策を事業主が必ず講じなければならない義務のことです。具体的には、カスハラに毅然と対応して従業員を守る方針の明確化や相談窓口の設置、発生後の事実確認など、指針で示された措置を実施する必要があります。
なお、カスハラ対策はすでに義務化されているパワハラ・セクハラ対策と同じ法律の枠組みに組み込まれました。パワハラ対策を整備済みの企業であれば、既存の方針や相談窓口を活用しながら対応を進められます。
義務化の対象は従業員1人以上のすべての事業主
カスハラ防止措置の義務は、企業の規模や業種を問わず、労働者を雇用するすべての事業主に課されています。改正法には、従業員数による適用除外や、中小企業向けの猶予期間は設けられていません。そのため、従業員が数名の飲食店や個人経営の介護事業所であっても、1人でも労働者を雇っていれば対象になると考えられます。正社員だけでなく、パートやアルバイトとして働く従業員も保護の対象に含まれます。
また、カスハラの加害者となる「顧客等」の範囲も広く定められました。店舗の来店客だけでなく、取引先や、駅・病院・学校・福祉施設などの施設利用者も含まれます。今後商品を購入する可能性がある人も対象となるため、顧客と直接の接点が少ない業種でも、自社に関係がないとはいえません。
対象となる事業主と顧客等の範囲を整理すると、次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
| 対象となる事業主 | 労働者を雇用するすべての事業主(規模・業種を問わない) |
| 保護される労働者 | 正社員・パート・アルバイトなど、事業主が雇用する労働者 |
| 顧客等の範囲 | 顧客、取引の相手方、施設の利用者、今後商品やサービスを利用する可能性がある人など |
| 施行日 | 2026年(令和8年)10月1日 |
同時に求職者等へのセクハラ対策も義務化された
2026年10月1日からは、カスハラ対策と同時に、求職者等へのセクシュアルハラスメント対策も事業主の義務となりました。こちらは改正男女雇用機会均等法と、その指針に基づくものです。これまでのセクハラ対策は、主に自社で働く従業員を守るためのものでした。改正後は、採用面接を受ける応募者やインターンシップの参加者、教育実習や看護実習を受ける人なども保護の対象に加わっています。自社の従業員が、こうした求職者等に対して性的な言動を行い、求職活動を妨げることを防ぐ措置が求められるようになったのです。
対象となる場面には、採用面接や会社説明会、OB・OG訪問、インターンシップなどが含まれます。SNSを通じたやり取りやオンラインで行われる面談も、対象から外れることはありません。
カスハラ対策と求職者等へのセクハラ対策は、いずれも方針の明確化や相談窓口の整備といった共通の措置を含みます。社内体制を見直す際は、2つの義務をまとめて点検すると効率的に対応できるでしょう。
カスタマーハラスメントの法律上の定義
カスハラ対策を進めるには、まず法律上の定義を正しく押さえる必要があります。顧客からの厳しい意見や苦情が、すべてカスハラにあたるわけではありません。この章では、厚生労働省が示す3つの要素と、顧客等に含まれる人の範囲、対象となる言動の場面について解説します。カスハラに該当する3つの要素
職場におけるカスハラとは、次の3つの要素をすべて満たす言動を指します。- 顧客等の言動であること
- その言動が、労働者が従事する業務の性質などに照らして社会通念上許容される範囲を超えていること
- その言動によって、労働者の就業環境が害されること
1つでも欠ける場合、その言動は法律上のカスハラには該当しません。たとえば、顧客の言葉づかいが多少きつくても、要求の内容や手段が許容範囲にとどまっていれば、通常のクレームとして扱うことになります。以下で、それぞれの要素を詳しく見ていきましょう。
要素1:顧客等の言動であること
1つ目の要素は、言動の主体が顧客等であることです。カスハラの加害者は、自社の外部にいる人に限られます。上司や同僚から受けるハラスメントは、パワハラやセクハラとして別の枠組みで対応することになります。顧客等の具体的な範囲は、後ほど詳しく紹介します。
要素2:社会通念上許容される範囲を超えていること
2つ目の要素は、言動が社会通念上許容される範囲を超えていることです。社会通念とは、世間一般で常識的と考えられている判断の基準を指します。厚生労働省は、この範囲を超える言動を「言動の内容」と「手段や態様」の2つの観点から整理しています。前者は理由のない要求や不当な損害賠償要求など、要求そのものが不相当なケースです。後者は暴言や威圧的な言動、長時間の居座りなど、要求の伝え方が不相当なケースにあたります。
判断にあたっては、業務の性質も考慮されます。同じ言動でも、業種や提供するサービスの内容によって評価が変わる場合があるでしょう。具体的な線引きについては、次の章で事例とあわせて確認します。
要素3:労働者の就業環境が害されること
3つ目の要素は、その言動によって労働者の就業環境が害されることです。就業環境が害されるとは、従業員が身体的・精神的な苦痛を受け、仕事を続けるうえで看過できない支障が生じている状態をいいます。この判断は、被害を受けた従業員が個人的にどう感じたかだけで決まるものではありません。同じ状況に置かれた平均的な労働者がどう感じるかという、客観的な視点も踏まえて判断されます。
顧客等に含まれる人の範囲
カスハラの加害者となる顧客等には、店舗の来店客以外にも幅広い人が含まれます。厚生労働省の資料では、顧客等を次のように定めています。
| 区分 | 具体例 |
| 顧客 | 店舗の来店客、サービスの利用者など |
| 取引の相手方 | 取引先企業の担当者、発注元・納品先など |
| 施設の利用者 | 駅、空港、病院、学校、福祉施設、公共施設などの利用者 |
| その他の関係者 | 事業に関係を有する人。今後商品の購入やサービスの利用をする可能性がある人も含む |
注目したいのは、まだ取引が始まっていない見込み客も含まれる点です。問い合わせの段階で理不尽な要求を繰り返す人も、カスハラの加害者となり得ます。また、取引先の担当者からの過度な要求も対象に含まれるため、BtoBの事業を営む企業であっても対策が欠かせません。
電話・メール・SNSでの言動も対象になる
カスハラは、対面の場面だけで起きるものではありません。厚生労働省は、電話やSNSなどインターネット上で行われる言動もカスハラに含まれると明示しています。たとえば、コールセンターへの長時間にわたる執拗な電話や、メールで繰り返し届く脅迫的な要求は対象となり得ます。従業員の名前や写真をSNSに投稿して誹謗中傷する行為も、カスハラにあたる可能性があるでしょう。
近年は、店舗の対応に不満を持った顧客が、口コミサイトやSNSで従業員個人を攻撃するケースも増えています。こうしたオンライン上の被害は、本人が上司に相談しにくく、会社が把握しづらい傾向にあります。社内の相談体制を整える際は、対面以外の場面も想定しておく必要があります。
※参照:令和8年10月1日からハラスメント対策が強化されます(厚生労働省)
正当なクレームとカスハラの線引きは?具体例で確認
顧客からの苦情には、商品の不具合やサービスの不備を指摘する正当なものも多く含まれます。こうした声まで一律に拒むと、顧客の信頼を失いかねません。ここでは、厚生労働省が示す具体例をもとに、正当なクレームとカスハラを見分けるための考え方を整理します。要求内容が許容範囲を超えるケース
カスハラかどうかを判断する1つ目の観点は、顧客が求めている内容そのものが妥当かどうかです。厚生労働省は、言動の内容が社会通念上許容される範囲を超えるものとして、次の4つの類型を挙げています。
| 類型 | 具体的な場面の例 |
| 要求に理由がない、または商品・サービスと関係がない | 不具合のない商品について返金を求める、店員の私生活について回答を求める |
| 契約等で想定するサービスを著しく超える | 契約外の作業を無償で求める、営業時間外の対応を当然のように求める |
| 対応が著しく困難、または不可能 | すでに販売終了した商品の即日用意を求める |
| 不当な損害賠償要求 | 軽微なミスに対して高額な慰謝料を求める |
ここで押さえておきたいのは、要求の伝え方が穏やかでも、内容そのものが不当であればカスハラにあたり得るという点です。反対に、商品の欠陥に対する返品や交換の要求は、顧客の正当な権利として受け止める必要があります。
手段・態様が許容範囲を超えるケース
2つ目の観点は、要求の伝え方や行動が妥当かどうかです。厚生労働省は、手段や態様が社会通念上許容される範囲を超えるものとして、次のような言動を例示しています。
- 身体的な攻撃(暴行、傷害など)
- 精神的な攻撃(脅迫、中傷、名誉毀損、侮辱、暴言、土下座の強要など)
- 威圧的な言動
- 継続的、執拗な言動
- 拘束的な言動(不退去、居座り、監禁)
この観点で注意したいのは、要求の内容に正当な理由があっても、伝え方が度を越えればカスハラに該当し得ることです。たとえば、注文と違う料理が提供された場合、作り直しを求めること自体は正当といえます。しかし、大声で怒鳴り続けたり、従業員に土下座を強要したりすれば、手段や態様の面で許容範囲を超えていると判断されるでしょう。
判断に迷ったときに確認したいポイント
現場で判断に迷った場合は、「要求の内容」と「要求の伝え方」を分けて考えると整理しやすくなります。まず、顧客の要求に正当な理由があるかを確認しましょう。商品やサービスに実際の不備があったのか、契約の範囲内の要求なのかを冷静に見極めます。次に、その要求の伝え方が常識的な範囲に収まっているかを確認します。2つの観点のどちらか一方でも許容範囲を超えていれば、カスハラの可能性を疑う必要があります。
あわせて、従業員1人で判断を抱え込ませない体制も欠かせません。現場の担当者がその場で白黒をつけるのは難しく、判断を誤ると正当な苦情を退けてしまうおそれもあります。迷ったときは責任者に引き継ぐ、やり取りの記録を残すといったルールを事前に決めておくと、従業員も落ち着いて対応できるでしょう。
障害者への合理的配慮・消費者の権利との関係に注意
カスハラ対策を進めるうえでは、顧客の正当な権利を不当に制限しないよう注意が必要です。厚生労働省も、対策を講じる際には消費者の権利や障害者差別解消法の規定に留意するよう求めています。障害者差別解消法では、障害を理由とした不当な差別的取扱いが禁止されています。また、2024年4月からは、事業者による合理的配慮の提供が義務化されました。合理的配慮とは、障害のある人から社会的障壁を取り除くよう求められた際に、負担が重すぎない範囲で必要な対応を行うことです。
たとえば、聴覚に障害のある顧客が筆談での対応を求めることは、合理的配慮の求めにあたります。こうした要望を「対応外の要求」としてカスハラ扱いすれば、法律違反となるおそれがあります。障害の特性により、意図せず大きな声が出てしまうケースも考えられるでしょう。
従業員を守るための対策が、顧客の正当な権利を損なう結果にならないよう配慮することも大切です。社内の方針やマニュアルを作る際は、カスハラにあたらない要望の例もあわせて示しておくと、現場の判断がぶれにくくなります。
※参考:障害者差別解消法が改正されました(内閣府)
事業主が講ずべきカスハラ防止措置の内容
改正法と指針では、事業主が必ず講じなければならない措置が10項目にわたって定められています。大きく分けると、方針の明確化、相談体制の整備、発生後の対応、悪質事案への抑止、プライバシー保護などの5つのグループです。| グループ | 講ずべき措置 |
| 方針の明確化と周知・啓発 | ①方針の明確化と周知・啓発、②カスハラの内容と対処の内容の周知 |
| 相談体制の整備 | ③相談窓口の設置と周知、④担当者が適切に対応できる体制 |
| 事後の迅速かつ適切な対応 | ⑤事実関係の確認、⑥被害者への配慮、⑦再発防止 |
| 抑止のための措置 | ⑧悪質なカスハラへの対処方針の策定・周知と体制整備 |
| 併せて講ずべき措置 | ⑨プライバシー保護、⑩不利益取扱いの禁止 |
以下では、それぞれの措置がどのような内容なのかを順に解説します。
方針の明確化(従業員への周知・啓発)
カスハラ防止措置として第一に義務化されるのは、カスハラに対する会社の姿勢を明確にし、従業員に伝えることです。事業主は、カスハラには毅然とした態度で対応し、従業員を守るという方針を明確にしなければなりません。方針は決めるだけでは足りず、社内報や掲示、研修などを通じて従業員に周知・啓発することが求められます。
さらにカスハラ対策では、どのような言動がカスハラにあたるのかと、発生した際の対処の内容をあらかじめ定めて従業員に周知することも必要です。厚生労働省は、対処の内容として次のような例を示しています。
- 管理監督者にその場の対応方針について指示を仰ぐ
- 可能な限り労働者を1人で対応させない
- 犯罪に該当し得る言動は警察へ通報する
- 本社・本部などへ情報共有を行い指示を仰ぐ
この「対処の内容まで事前に決めて伝える」という点は、パワハラやセクハラの措置にはないカスハラ特有の項目です。現場の従業員が、トラブルの最中に自分で判断しなくても済むようにするための措置といえます。
相談窓口の設置と担当者の対応体制
カスハラ防止措置として第二に義務化されるのは、被害を受けた従業員が相談できる体制を整えることです。事業主は、カスハラに関する相談窓口をあらかじめ定め、従業員に周知しなければなりません。窓口は人事部門などの社内担当者を指定するほか、外部の専門機関に委託する方法も考えられます。
窓口を設けるだけでなく、担当者が相談内容に応じて適切に対応できるようにしておくことも求められます。相談を受けた際の対応手順を定める、担当者に研修を受けさせるといった準備が必要です。実際にカスハラが発生している場合だけでなく、該当するかどうか判断がつかないケースでも、幅広く相談を受け付ける姿勢が望まれます。
カスハラ発生後の迅速かつ適切な対応
カスハラ防止措置として第三に義務化されるのは、カスハラが起きた後の対応です。指針では、次の3つの措置が定められています。①事実関係の迅速かつ正確な確認
……被害を受けた従業員や周囲の従業員から話を聞くほか、防犯カメラの映像や通話記録など客観的な記録も確認します。
②被害を受けた従業員への配慮
……当該顧客の担当から外す、メンタルヘルスの相談につなげる、必要に応じて休養を取らせるといった対応が考えられます。
③再発防止に向けた措置
……発生した事案をもとに対応ルールを見直したり、社内で事例を共有したりして、同様の被害を防ぐ取り組みを進めます。
なお、パワハラやセクハラでは行為者に対する懲戒などの措置も求められますが、カスハラの行為者は社外の顧客等です。そのため、カスハラの事後対応は、行為者への処分よりも被害者の保護と再発防止に重点が置かれています。
悪質なカスハラへの抑止措置(カスハラ特有の項目)
カスハラ防止措置として第四に義務化されるのは、とくに悪質なカスハラへの備えです。この措置も、ほかのハラスメント対策にはないカスハラ特有の項目にあたります。事業主は、とくに悪質と考えられるカスハラへの対処方針をあらかじめ定め、従業員に周知しなければなりません。あわせて、その方針どおりに対処できる体制を整備することも求められています。
悪質なケースとしては、暴行や脅迫など犯罪に該当し得る行為や、執拗に同じ要求を繰り返す行為などが想定されます。対処の方針としては、警察への通報や弁護士への相談、サービスの提供停止や出入り禁止などが考えられるでしょう。こうした対応をその場の判断に委ねず、会社として事前に決めておくことで、抑止効果も期待できます。
プライバシー保護と不利益取扱いの禁止
カスハラ防止措置として第五に義務化されるのは、相談した従業員が安心して声を上げられる環境づくりです。事業主は、相談者や事実確認に協力した従業員のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、その旨を従業員に周知しなければなりません。相談内容が社内に広まることを恐れて、被害を打ち明けられない従業員も少なくないためです。
また、相談したことや事実確認に協力したことを理由として、解雇や降格などの不利益な取扱いをしないことを定め、従業員に周知・啓発することも求められます。
カスハラ防止義務違反のペナルティ
カスハラ防止措置の義務違反に刑事罰はありません。ただし、行政による指導や企業名の公表といった措置の対象となるほか、従業員とのトラブルに発展するリスクもあります。刑事罰はないが行政上の措置の対象になる
カスハラ防止措置を講じなかったとしても、事業主が懲役や罰金といった刑事罰を科されることはありません。これは、すでに義務化されているパワハラ防止措置と同じ扱いです。しかし、罰則がないからといって対応を後回しにしてよいわけではありません。措置義務に違反している事業主は、都道府県労働局による助言・指導・勧告の対象となります。勧告に従わない場合には、企業名が公表される可能性もあるのです。
また、労働局から報告を求められたにもかかわらず報告をしなかったり、虚偽の報告をしたりした場合は、20万円以下の過料が科されます。過料は刑事罰ではなく行政上の金銭的な制裁ですが、実質的な罰則として受け止めておくべきでしょう。
報告徴求から企業名公表までの流れ
カスハラ防止義務違反の行政上の措置は、いきなり企業名の公表に至るわけではなく、段階を踏んで進むのが一般的です。きっかけとなるのは、従業員から労働局への相談や、労働局による事業所への調査などです。労働局は、必要に応じて事業主に対して措置の実施状況の報告を求めます。その結果、措置義務に違反していると判断されれば、助言や指導を通じて改善を促すことになります。
一般的な流れを整理すると、次のとおりです。
| 段階 | 内容 |
| 報告徴求 | 労働局が事業主に対し、措置の実施状況などの報告を求める。報告拒否や虚偽報告は20万円以下の過料の対象 |
| 助言・指導 | 措置が不十分な場合に、改善に向けた助言や指導が行われる |
| 勧告 | 助言・指導に従わない場合などに、是正を求める勧告が行われる |
| 企業名の公表 | 勧告に従わない場合、企業名などが公表される可能性がある |
助言や指導の段階で速やかに改善すれば、公表に至ることはまずありません。施行後に未対応だった企業も、今から措置を整えれば十分に挽回できます。
罰則以上に警戒すべきリスク
カスハラ対策を怠った場合、行政上の措置よりも深刻な影響が生じるおそれがあります。まず懸念されるのが、従業員の離職です。カスハラを受けても会社が守ってくれないと感じた従業員は、職場に見切りをつけてしまうかもしれません。
また、安全配慮義務違反による損害賠償のリスクもあります。労働契約法では、事業主は従業員が安全に働けるよう配慮する義務を負うと定められています。カスハラの被害を把握しながら放置し、従業員が心身の不調をきたした場合には、会社が損害賠償を請求される可能性があるでしょう。
さらに、2023年9月には精神障害の労災認定基準が改正され、顧客や取引先などからの著しい迷惑行為が、心理的負荷の評価項目として追加されました。カスハラが原因で従業員がうつ病などを発症すれば、労災として認定されるケースも考えられます。
※参考:精神障害の労災認定基準を改正しました(厚生労働省)
カスハラ防止措置の義務化への対応方法
施行日を過ぎてしまった企業も、今から順を追って対策を進めれば問題ありません。限られた人員でも取り組めるよう、ここでは優先度の高い順に対応方法を紹介します。経営者名で基本方針を決めて周知する
最初に取り組みたいのは、カスハラに対する会社の基本方針を決めることです。方針は、経営者や代表者の名前で発信するとよいでしょう。方針には、カスハラには組織として毅然と対応すること、従業員の安全と尊厳を守ることを明記します。経営トップの名前で示すことで、会社として本気で取り組む姿勢が従業員に伝わりやすくなります。現場の従業員にとっても、理不尽な要求に応じなくてよいという後ろ盾になるはずです。
方針を決めたら、社内の掲示板やメール、朝礼などを通じて全従業員に周知します。パートやアルバイトにも確実に伝わるよう、休憩室への掲示や入社時の説明にも組み込んでおくと安心です。
相談窓口を決め、担当者と連絡先を周知する
カスハラに対する方針の決定・周知の次は、従業員がカスハラの被害を相談できる窓口を決めます。中小企業であれば、総務担当者や店長など、相談しやすい立場の人を窓口担当に指定する方法が現実的です。すでにパワハラやセクハラの相談窓口を設けている場合は、その窓口でカスハラの相談も受け付けられるよう対象を広げれば足ります。担当者が1人だけだと相談しにくいケースもあるため、男女それぞれの担当者を置く、外部の相談窓口を併用するといった工夫も考えられます。
窓口を決めたら、担当者の名前と連絡先、相談の受付方法を従業員に周知しましょう。電話やメールのほか、対面での相談にも応じられるようにしておくと、従業員が声を上げやすくなります。
現場の対応ルールを決める
社内では、カスハラが発生したときに現場でどう動くかのルールも決めておきましょう。現場の従業員が最も困るのは、理不尽な要求を受けたその場でどう対応すべきか判断できないことです。そのため、誰に引き継ぐのか、どの時点で対応を打ち切るのかを具体的に決めておく必要があります。
ルールとして定めておきたい主な項目は、次のとおりです。
- 対応を引き継ぐ責任者(店長、管理職など)と連絡方法
- 複数人で対応する体制(1人で対応させない)
- 対応時間の目安と、対応を打ち切る基準
- 警察へ通報する基準(暴行、脅迫、居座りなど)
- 本社・本部への報告ルート
ルールは、自社の業種や店舗の規模に合わせて決めることが大切です。たとえば、少人数で運営する店舗では、近隣店舗や本部と電話でつながる体制を整えておくと、1人で抱え込まずに済みます。
社内規程やマニュアルを整備する
方針と現場ルールが固まったら、それらを社内規程や対応マニュアルとして文書にまとめます。口頭での周知だけでは、担当者の異動や新人の入社のたびにルールが曖昧になりがちです。文書化しておけば、誰が対応しても同じ基準で判断でき、従業員教育にも活用できます。厚生労働省が公表している「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」も、自社のマニュアルを作る際の参考になるでしょう。
常時10人以上の従業員を雇用する事業場では、就業規則の作成と労働基準監督署への届出が義務付けられています。相談者への不利益取扱いの禁止などを就業規則に盛り込む場合は、改定後の届出も忘れないようにしましょう。
あわせて、店舗や窓口に掲示する案内文や、利用規約・取引条件の見直しも検討します。顧客に向けてカスハラへの対応方針を示しておくことで、抑止効果が期待できます。
記録・事実確認・再発防止のしくみを回す
最後に、カスハラが発生した後の対応を、しくみとして継続的に回せるようにします。まず整えたいのは、記録を残す体制です。カスハラが起きた日時や場所、顧客の言動、対応した従業員の名前などを、決まった様式で記録するようにします。防犯カメラの映像や通話の録音も、事実確認の際に役立つ客観的な証拠となります。
記録をもとに事実関係を確認したら、被害を受けた従業員へのケアを行い、再発防止策を検討します。発生した事案を社内で共有し、対応ルールやマニュアルを定期的に見直すことで、対策の実効性が高まっていくでしょう。
カスハラ対策は、一度整えて終わりではありません。実際の事案を通じて見えてきた課題を反映させながら、自社に合った体制へと育てていくことが求められます。
カスハラ対策の方針・掲示物・利用規約の作り方
カスハラ対策では、社内向けの基本方針だけでなく、顧客に向けた掲示物や利用規約も整えておくと効果的です。従業員を守る姿勢を社内外に示すことで、カスハラの抑止にもつながります。カスハラ対策基本方針に盛り込むべき項目と文例
基本方針は、カスハラに対する会社の考え方を従業員に示すための文書です。厚生労働省の指針で求められる措置を踏まえると、次の項目を盛り込んでおくとよいでしょう。- 顧客の声を大切にしつつ、カスハラには毅然と対応する姿勢
- 従業員の安全と尊厳を守るという会社の約束
- 自社がカスハラと考える言動の例
- カスハラが発生した際の対処の方法
- 相談窓口の案内と、相談者への不利益取扱いの禁止
これらの項目を踏まえた文例は、次のとおりです。
「当社は、お客様からのご意見やご要望を真摯に受け止め、より良いサービスの提供に努めてまいります。一方で、社会通念上許容される範囲を超えた言動により従業員の就業環境が害される行為については、カスタマーハラスメントとして組織的かつ毅然と対応いたします」
「当社は、暴言・脅迫・長時間の拘束・不当な金銭要求などのカスタマーハラスメントから従業員を守ります。従業員は、こうした行為を受けた場合、1人で対応せず、速やかに責任者へ報告してください。悪質な行為には、警察や弁護士と連携して対処します」
「カスタマーハラスメントに関する相談は、総務部(担当:〇〇、内線〇〇)で受け付けます。相談したことを理由に、不利益な取扱いを受けることはありません」
令和〇年〇月〇日 株式会社〇〇 代表取締役 〇〇〇〇
文例はあくまで基本の型です。業種や店舗の規模に応じて、カスハラの具体例や相談窓口の体制を自社の実情に合わせて書き換えてください。
店舗・窓口に掲示する案内文の例
店舗や受付窓口に掲示する案内文は、顧客に対して会社の方針を伝えるためのものです。社内向けの方針とは異なり、顧客に威圧感を与えない表現を心がける必要があります。掲示文では、まず日頃の利用への感謝を述べ、そのうえで従業員を守るための方針であることを丁寧に伝えます。対象となる行為の例と、該当する場合の対応を簡潔に示しておくと、抑止効果が高まります。
「カスタマーハラスメントに対する当店の方針
平素より当店をご利用いただき、誠にありがとうございます。当店では、お客様に気持ちよくご利用いただくとともに、従業員が安心して働ける環境づくりに取り組んでおります。
暴言や威圧的な言動、長時間の居座り、従業員の撮影やSNSへの無断投稿など、社会通念上許容される範囲を超える行為があった場合は、対応をお断りすることがございます。悪質な場合は、警察へ通報させていただきます。
皆さまのご理解とご協力をお願い申し上げます」
掲示場所は、レジ周りや受付カウンター、入口付近など、顧客の目に留まりやすい場所が適しています。電話対応が多い企業であれば、問い合わせ窓口のWebページや自動音声案内に同様の内容を加える方法もあるでしょう。
利用規約・取引条件にカスハラ条項を入れる際のポイント
カスハラへの対応を実効性のあるものにするには、利用規約や取引条件にカスハラに関する条項を設けておくことも有効です。利用規約にあらかじめ定めておけば、悪質な顧客に対してサービスの提供停止や契約の解除を行う際の根拠になります。取引先との契約書に、相手方の従業員への迷惑行為を禁止する条項や、違反時の契約解除条項を盛り込む企業も増えています。
条項を作る際は、次の点に注意が必要です。
| ポイント | 内容 |
| 禁止行為を具体的に示す | 「迷惑行為」といった曖昧な表現だけでなく、暴言、脅迫、執拗な要求など具体例を挙げる |
| 会社がとれる措置を明記する | サービスの提供停止、契約解除、出入り禁止など、違反時の対応を定める |
| 消費者の権利を不当に制限しない | 消費者契約法により、消費者の利益を一方的に害する条項は無効となるおそれがある |
| 顧客への周知方法を決める | 契約時の説明やWebサイトへの掲載など、顧客が内容を確認できるようにする |
特に消費者向けのサービスでは、正当な苦情や返品の権利まで制限するような書き方にならないよう注意しましょう。障害のある顧客への合理的配慮を妨げる内容になっていないかも確認が必要です。
利用規約や契約書の作成・見直しは、法的な有効性が問われる文書でもあります。自社だけで作成するのが難しい場合は、契約書作成を扱う行政書士などの専門家に相談すると、実情に合った条項を整えやすくなります。
※参考:カスタマーハラスメント対策企業マニュアル(厚生労働省)、消費者契約法(消費者庁)
カスハラ防止義務化に関するよくある質問
ここでは、カスハラ防止義務化について、中小企業の経営者や担当者から寄せられることの多い疑問をまとめました。小規模な会社での対応範囲や、自治体の条例との違い、悪質な顧客への対処方法など、実務で迷いやすいポイントを中心に回答します。Q. 従業員が数名の小さな会社でも対応は必要ですか?
A. はい、従業員の人数にかかわらずカスハラ防止措置は必要です。カスハラ防止措置の義務は、労働者を雇用するすべての事業主に課されています。中小企業向けの適用除外や猶予期間はなく、パートやアルバイトを1人雇っているだけの店舗でも対象になると考えられます。
ただし、大企業と同じ規模の体制を整える必要はありません。小規模な会社であれば、代表者名での方針の発信、相談窓口となる担当者の指定、現場での対応ルールの共有といった基本的な措置から始めれば十分です。事業の規模や実情に合わせて、無理なく続けられる体制を整えましょう。
Q. 施行日を過ぎてから対応を始めても問題ありませんか?
A. 施行日の10月1日以降は、カスハラ防止措置を講じていない状態そのものが義務違反にあたります。そのため、できるだけ早く対応を始める必要があります。とはいえ、違反が判明してすぐに企業名が公表されるわけではありません。労働局による行政上の措置は、報告徴求や助言・指導から段階的に進むのが一般的です。指導を受けた段階で速やかに改善すれば、公表に至ることはまずないでしょう。
まずは基本方針の策定と相談窓口の設置から着手し、順次マニュアルや掲示物を整えていきましょう。
Q. 自治体のカスハラ防止条例とはどう違いますか?
A. 自治体のカスハラ防止条例と今回の改正法は、目的や対象が異なります。2025年4月には、東京都・北海道・群馬県でカスハラ防止条例が施行されました。これらの条例は、カスハラを社会全体で防ぐための理念や、住民・事業者・行政それぞれの責務を定めたものです。いずれも罰則は設けられていません。
一方、改正労働施策総合推進法は、全国の事業主に対して従業員を守るための具体的な措置を義務付けています。条例が施行されている地域の企業は、条例の努力義務と法律上の措置義務の両方を踏まえて対応することになります。
Q. 顧客を出入り禁止にすることはできますか?
A. 悪質なカスハラを行う顧客に対しては、出入り禁止やサービスの提供停止を検討することができます。店舗や施設の管理者には、施設の利用を管理する権限があります。また、民間企業には誰と契約するかを決める自由も認められているため、悪質な顧客との取引を断ること自体は可能です。
ただし、障害を理由とした不当な差別的取扱いにあたらないか、正当な苦情を理由とした排除になっていないかは慎重に確認する必要があります。医療機関の場合は、医師法に定められた応招義務との関係にも注意しましょう。トラブルを避けるためにも、出入り禁止の判断基準を事前に定め、利用規約などに明記しておくことが望ましいといえます。
Q. 自社の従業員が取引先にカスハラをした場合はどうなりますか?
A. 自社の従業員が取引先などの従業員にカスハラを行った場合、相手方の事業主から事実確認への協力を求められることがあります。厚生労働省の指針では、こうした協力の求めに応じるよう努めることが定められています。法律上は努力義務ですが、取引関係を良好に保つためにも誠実に対応すべきでしょう。
自社の従業員がカスハラの加害者となることを防ぐには、取引先への接し方についても社内で周知・啓発しておくことが有効です。発注者として優位な立場にある企業は、特に注意しておきたいところです。
Q. 相談先として公的な窓口はありますか?
A. カスハラ対策の進め方については、都道府県労働局の雇用環境・均等部(室)に相談できます。受付時間は平日の8時30分から17時15分までで、改正法や指針の内容、講ずべき措置について問い合わせることが可能です。従業員個人がカスハラの被害について相談したい場合は、各地の労働局や労働基準監督署に設置されている総合労働相談コーナーも利用できます。暴行や脅迫など犯罪に該当し得る被害を受けた場合は、警察への相談が適しています。
公的な窓口では制度の説明や一般的な助言を受けられますが、自社に合った方針や規程、利用規約の作成までは対応していません。具体的な書類の整備を進めたい場合は、行政書士などの専門家に相談するとよいでしょう。
まとめ
カスハラ防止措置は、2026年10月1日から従業員を雇用するすべての事業主の義務となりました。会社の規模や業種にかかわらず、方針の明確化と周知、相談窓口の設置、発生後の対応、悪質なカスハラへの抑止措置など、指針で定められた措置を講じる必要があります。カスハラ対策の基本方針や店舗に掲示する案内文、利用規約・取引条件の見直しといった書類の整備であれば、行政書士に相談できます。法的なポイントを押さえながら、自社の業種や実情に合った文書を整えられるのが専門家に依頼するメリットです。